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(twitterから転載)

『ラッキーナンバー7』。フェアな作りのせいか、オチは前半でほぼ分かってしまったんだけど、それでも緻密な作りの綺麗さに魅入られた。

(ネタバレ注意) 主人公が人違いの件をボスにあまり食い下がらないので、もうそこで怪しんでた。言い換えればキャラクターに筋が通っててフェア

途中で警察のマークもついて怪しいのは確定なので、謎解きの意外さに注力したのではないと思う。編集で過去と現在を入れ替えながらひとつのパズルが組みあがっていく快感と、そこに最後に浮かび上がった殺し屋の特異な情。それがこの映画の綺麗さ。



『ラッキーナンバー7』を酷評しているレビューをいくつか読んだのだが、「負け犬」を犠牲にしている点について。(※以下ネタバレ)xx屋に育てられたというのが大事で、彼は最後に言ってる様にもう本来の人生を全て奪われてしまっている。これはxx屋と新しい親子の契りを交わしたと言い換えられる

(続き)[ネタバレ有]xx屋は「友情が一番大事」とラビに語っていて、これはほとんど親子の間柄に近い関係の主人公への情のことを指している。それはラストで彼の本当の父からもらった時計を手渡した事にも暗示されている。このときの主人公の境遇も大事で、「情」で殺しのルールを曲げてしまった…

(続き)[ネタバレ有]…ルールを曲げてしまった主人公の姿は、過去のグッドキャットと主人公の出会いと重なるように描かれてる。これは息子が親と同じ立ち位置に立ったことも暗示していて、自分で計画した復讐を見事に遂げた彼の巣立ちを意味する。

(続き)[ネタバレ有]そして本当の父の形見を渡すというのは息子を返したという事。つまりあの時点で彼は堅気の女と結ばれる=殺し屋稼業から足を洗った。逆に言えばそれ以前の彼の復讐を成し遂げた力は「殺し屋」以外の何者でもなく全てはモラルの外の出来事。負け犬をぶっ殺して利用するなど当然。

(続き)[ネタバレ有]…最後に主人公が名乗ったbad dogには「負け犬」という意味でもあるのかと思って検索してみたけど、負け犬はloserかUnderdogとしか出てこない。スラングじゃなきゃbad dogは単にグッドキャットの反対であり意味も「悪い犬」以外にはなさそう。

だとすれば、「負け犬」の子は「悪い犬」になって、他の「負け犬」を犠牲にしてでも復讐という己の欲望を満たしたのではないのか。まあそんな感じ。


2013.10.06 Comment:0 | TrackBack:0
(この記事は、twitterに投稿したものをそのまま転載しました)
こないだ深夜にやってたので録画しておいた映画『パーマネント野ばら』を観てた。
原作が西原理恵子で、舞台が「田舎の海」とあったので、これは高知の海沿いの景色を見れるのでないかと。
景色だけ早回しで観ようと思ったら、冒頭から撮り方がかっこよくて引き込まれてしまい最後まで見てしまった。

『パーマネント野ばら』のラストは驚愕のオチでかなり驚いた。
凄いと思ったけどあんま好きじゃないな。登場人物も出来事の配置も実に冴え渡って面白かったけど、これやっぱ好きじゃない。
ていうか西原好きじゃないw
チンコチンコ言ってる西原そのままのおばちゃん達の会話は全員サイバラの分身だろw

おばちゃんだけでなく、サイバラフィルターを通した業の深い男と女ばっか出てきたけど、いくら高知出身の作者の体験を交えたとはいえ、高地こんなんじゃないだろ。騙されないぞ!
もうね「ぼくの高知県はこんなんじゃない!」ですよ。
最初の目当てだったロケ地はドンピシャで景色は素晴らしかった。

でも海も山も景色の美しさのほとんどは監督の映像センス。
それより僕が血眼でみてたのは純粋にロケ場所で。遠くに赤い鉄橋のある高架と、自動販売機と自転車置き場が出てきたので「これ有岡では?」と。さらにホームを下から見上げるカットで「有岡だろ」と。
これで分かるというのが我ながらすごい。

これで僕も鉄道ヲタの仲間入りだね、土佐くろしお鉄道しかわかんないけど。
有岡駅は一番行ってみたい駅で、あの角度からは見たことがなかったので嬉しい。
単線があそこで交差するために高架が外側に膨らんでるのでわかったのかも。
駅前の自転車置き場と自転車通学の学生まで見れて満足。

あのヘルメットかぶった自転車通学の少年は近くの中筋中学の生徒が映り込んだものだろうか。
それとも監督の意図で配置されたモブキャラクターだろうか。
有岡マニアとしては前者であってほしいけど映画ファンとしては後者であってほしい。
長渕剛の「浦安の黒ちゃん」という曲に出てくる少年こそが彼だ。

その曲の中で先輩の黒ちゃんと小旅行に出た長渕は車窓から一人の少年を見る。

[♪田んぼのあぜ道を白いヘルメットかぶり 自転車通学の学生が気になる 名も知らぬ街で名も知らぬ風に吹かれ 「あいつもきっと夢があるんだな」って 急に黙りこくりタバコに火をつけて 浦安の黒ちゃんは目を閉じた…]

こんだけ仲良かった黒ちゃんと長渕であったが、黒ちゃんのモデルである黒土三男さんと長渕はその後映画を巡って大喧嘩をして絶交してしまうのであった。
あれ…なんの話してたんだっけ。チンコの話だった気がする。

チンコ… チンコ… そうかサイバラだ!

2013.09.10 Comment:0 | TrackBack:0
『ウルトラマンギンガ』は田舎の片隅だけで闘う箱庭的コンセプトに面白みを感じるものの、やはりタルいなーと思いながらビジュアルのかっこよさでなんとか見てたのだけど。
まさかジャンキラーが仲間になるとは思ってなかった。
という驚きも相まってこのジャンナインが誕生する5~6話はよかった。

この回の脚本の担当は赤星政尚さん。
今回のジャンナイン誕生譚は、『ウルトラマンメビウス』の第11話(脚本:赤星政尚)において、悪役のハンターナイトツルギが、改心すると共に改名してウルトラマンヒカリとなったのと同じ構造だ。

やはり赤星政尚脚本には愛と緊張感がある。
『ウルトラマンギンガ』は「夢」がテーマ。
活動範囲の狭いミニマムなヒーローらしく、目の前の一人を救うという構図が小市民的で同時に負けられない理由に説得力がある。

第6話で夢を持つことの大事さを知ってもらう為だけに発動したギンガの力はもはや町内会のおせっかい親父。
2013.09.05 Comment:0 | TrackBack:0
二年前の芥川賞選考会で村上龍氏が円城塔氏の『これはペンです』を、科学的記述の誤りを理由に落としたって事件をいまさら知る。

いまだ記述の誤りについて村上さんは答えてないのかな。
ちょっと卑怯じゃないですかね。

参考リンク:トゥゲッターのまとめ(http://togetter.com/li/166334)

で、村上龍氏自身がこの選考を語ったネット配信番組を観た。

その番組のリンク→- RVR 芥川賞、受賞作はなし HD


冒頭の部分、選考委員で意見が割れた時の表現「否定する人の方がいい事を言う」「擁護する人は(いつまでも)グズグズグズグズ」…円城塔の件とここだけを聞くと、まるで2ちゃんでアニメのアンチをやってるゴロツキと言ってることが変わらん。

(ただ、この番組を最後まで観ると、自分らが推してた作品についての否定派の意見に「イイこというなあ」と説得されてる話があるので、それなりに筋は通ってるのかも)


「作品の否定」を「作品批評」だと混同して疑わない。
そういう人は、このネット上には多く見受けられます。
そんな「批評」を見ていて最近よく思うのだけど、

作品を論理をもって否定するのって意外に簡単なんですよね。
逆に、論理的にどこがどう良かったかという感動を言葉にするのって難しい作業。
だから批評ってのは「否定」という病に罹りやすい。

だから、やっぱ揚げ足取りみたいな否定優先の選考基準は気色悪いし、
当の作者本人からその「指摘」の詳細説明を求められてるのに答えない態度とか有り得ない。
円城さんが雪辱を晴らすかのようについに芥川賞をとった次の選考会では村上氏は欠席してるし。

この件を知って村上龍を嫌いになったのは間違いないや。
まあとりあえず円城塔と村上龍の作品を両方読んでみたくなったかも。
2013.08.17 Comment:0 | TrackBack:0
電車の吊り広告で、村野守美の晩年の作品で『姫ちゃん』という漫画があるのを知った。
ゴラクだか漫画サンデーあたりで連載されてた作品らしく、その愛蔵ワイド版、全十五巻を一挙発売という宣伝で、15巻分のポスターが普段送風機しかない場所も使って巻数ごとにずらっと並んで吊るしてあった。

分厚いワイド版なので、一冊に一章が収まるような構成らしい。
目の前に最終15巻の宣伝があり、「ついに結婚!姫ちゃん政界へ進出!」とキャッチコピーがついてる。
どうやら地方の有力者のお転婆な愛娘が悪戦苦闘しながら政財界でのし上がっていく話らしい。

ポスターの真ん中には、十二単のような艶やかな着物を着込んだ少女のカラーイラストがある。
下膨れでだんごっ鼻なので決して美人とはいえず、横のアップの顔のカットをみるとそばかすだらけだが、くりっとした目は美しくなんとも愛嬌のあるキャラクターだ。

車内は空いてたので歩きながら14巻、13巻と巻数を遡って順に広告を見ていく。
11巻は「ミットミット編」となっており、首脳会議のサミットと 野球のミットをかけた人情話がメインの巻らしい。
首相の野球絡みの思い出に、おせっかいなキャラの姫ちゃんが絡むような話だろうか。

8巻は「昔団塊 今参事」という章で、定年退職間際の中間管理職の悲哀を描いたエピソードのようだ。キャプションを遡ると地方の田舎娘だった姫ちゃんが成長して行く様子が逆送する走馬灯のようにわかる。
どのポスターにも村野守美らしいペンタッチの姫ちゃんが生き生きと描かれている。

村野守美はこういう政治漫画を描くんだなあと意外だったが、そのモチーフと裏腹な荒唐無稽さのキャラクターというミスマッチに興味をひかれ一度読んでみたいと思った。
という夢を今朝見ました。実際に見たものはしょうがない。一応ネットで調べてみましたがそんな作品はありませんでした。

2013.06.28 Comment:0 | TrackBack:0
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