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昨夜TVでやってたアラジンを見る。
僕は日本に住む日本製アニメのファンとして、ディズニーに対する怨念みたいなもんを子どもの頃から抱えていて、ディズニー作品を見るのには抵抗がある。

それは僕の愛する日本製アニメーションが、虐げられてきたカウンターカルチャーだったのに対して、ディズニーは男も女も大人も子供も大好きな花道を常に歩いてきたスターで、日陰者の目からはそれが疎ましく思える部分が多大にあったんじゃないかと思う。

いまでは「アニメ」は和製アニメーションの代名詞となり、ジャパニーズの作ったクールなものとして、欧米に認められるようになった。
ディズニーはといえば失速気味。

’90年代に起こった、日本製アニメへの追い風は、僕の抱えていた怨念を軽く吹き飛ばすぐらいの勢いがあった。
まさにカミカゼが吹いたのだ。

宮崎駿や押井守の活動が地道に台頭してきたこともあるが。
ポケモンやドラゴンボールの北アメリカでの放送が転換点だった。
白人圏の牙城でありディズニーの本拠地であるアメリカの文化防壁を破ったことは大きかった。
アメリカでは、過去に『マッハGOGOGO!』や『鉄腕アトム』のヒット例があるが、日本製だと知っていたアメリカ人がどれだけいただろうか。
アトムはディズニー信者の手塚のディズニー根性丸だしで描かれたリミテッドアニメだし。
マッハGOGOGOだって、バタ臭い絵がアメリカ向けだったのだ。
先祖伝来の2次元文化の潮流を受け継いだ、わが国の真の意味での「アニメ」が欧米の人々に受け入れられた意味は非常に大きい。

それに加えて、ヨーロッパでの長年にわたって放送されてきた日本製TVアニメの実績がここにきて爆発した。
大人になったフランス人やイタリア人青年が、キャンディキャンディもグレンダイザーも自分達の国で作られたものでなかったことを薄々気づき始めたところに、本丸アメリカ城にポケモン旋風のカミカゼが吹いたのだ。

僕は実はアニメ作品としての『ポケモン』は嫌いなのだが、
和製アニメの切り込み隊長としての功績があまりに大きいので、
足を向けて寝られなくなってしまった。

そんなわけで、僕が赤ん坊の頃からの30年来の和製アニメの怨念が解消しつつある。
いま日本は慌ててコンテンツ事業としてのアニメーションに本腰を入れ始めているが、
こうなると逆に保護された文化の宿命としての堕落が心配になってくるのだが、それは別のお話。前置きおしまい。

『アラジン』は文句なしに面白かった。
スピード、テンポ、ユーモアのレベルが高レベル。
無駄をこそぎとってツボをしっかり押さえた脚本。ナンセンスの緩急つけたテンション。
笑いと泣かせとピンチの連続。
どれをとっても極上のエンターテインメントだと思う。
これ劇場行ったら、絶対得した気分で出てこれる映画。
そういう作品って数えるくらいしかない。

あのクネクネとむやみやたらに動く絵と歌劇風味だけはどうもいただけないが、それ以外は手放しで礼賛したいくらいに素晴らしかった。
ようするにディズニー嫌いの僕としては屈辱を味わった二時間だったわけです。

新生ディズニー作品は『ライオンキング』と『ターザン』を見たことがある。
優等生のエンタメ作品だったと思うけど及第点といった程度で、『アラジン』の演出の素晴らしさには及ばない。
(CG作品のトイ・ストーリーは素晴らしかったが、あれはクリエイター個人の才能によるところが大きいと思う)

あの魔神ジーニーの狂ったようなテンションや、王様のすっとぼけた感じは『パワーパフガールズ(PPG)』と似てるなあ。
あまりの支離滅裂な進行ぶりや細かいネタやボケツッコミに、ところどころ大笑いして喜んでしまった。
クライマックスで強大な力を手にいれたジャファーの悪趣味な演出は、血も生首もでてこないのに、ゾッとするような恐ろしさがあった。
この強大な敵を倒すオチがちょっと肩透かしの感があって惜しかったのが唯一の不満。
この脂ぎった作品のラストを締めくくるんだから、
もう少しジーニーとの友情を軸にしたあざとい展開にしても、バチはあたらなかったのにね。
他の構成が見事なだけに難癖をつけたくなる。

PPGにもショックを受けたけど、アラジンはもう10年以上前の作品だ。ノーチェックだったのはうかつだったとしか言いようがない。
アメリカのアニメ侮れない。くそ。

しかし、オリジナル音声は知らないけど。
吹き替え版はよかった。
こういうアニメは吹き替えで見るのがいいとおもうので、吹き替えのクォリティは大事だ。

主役の羽賀研二が意外にハマってたな。
この頃ストⅡのアニメ映画で羽賀が上手に主役のケンを演じてたのを思い出す。
いま何してるんだろ。
梅宮アンナとのドロドロのスキャンダル抜きにしても、芸で食ってける人だと思う。

普段は、とっぽい役柄の演技しかしてないと思ってた山寺宏一の内海賢二タイプの演技は神業レベル。
声優界の優等生だとは思っていたけど、この人普通じゃないのがハッキリわかった。
マジ恐ろしい、こんな人間居るのか。
司会業とかに手を出していまいち伸びないおはスタの山ちゃんは、マヌケの皮をかぶった鬼だ。
声優の鬼だ。
正直内海賢二には失礼だが、山寺宏一がいれば内海はいらないかもしれない。
でもホントそう思う。(しかしホントに失礼だな)

2005.04.11 Comment:0 | TrackBack:1
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