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ラジオで青臭いことばっか言ってる30代の社会学者が、RADWIMPSが言葉を大事にするバンドだというんで、どういうのか聴いてみた。

自己愛全開とかいう評もみかけたこともあって、なんか嫌な先入観をもって有心論というのを聴いた。

「どうせいつかは嫌われるなら 愛した人に憎まれるなら
そうなる前に僕の方から嫌った 僕だった」
というフレーズを聴いて、やっぱ病んだ歌だなーと。

しかしサウンド的にかっこいいので、何度かアルバムを聴いてるうちに、
有心論のとこの歌詞をちゃんと耳で拾っていたら、
意味がだんだんわかってきて、最後にはだーっと泣いてた。

「誰も端っこで泣かないようにと 君は地球を丸くしたんだろ?」
「誰も命 無駄にしないようにと 君は命に終わりつくったよ」
「やっとこさ 君のクローンが成功した時にでも」


このへん見ると彼女は死んでるのかと思ったけど
文脈を考えるとクローンは単なる量産の手段。
たぶんそうじゃなくて彼女は離れ離れになっても神になって、
病んだ人間は改革されたという歌。

「左心房に君がいるなら問題はない ない ないよね」

いやもしかしたら死んだのかもしれないけど
(ファンの意見の中には心臓移植したなんて珍解釈もあった)
そんなところに泣けるじゃなくて。
人間不信者が人間信者になるというところ。
人間を神格化することで生きていける人間もいるんだなと。


ちょっと話飛ぶけど、SFロマン大河「ジョジョの奇妙な冒険」中で初期の第一部~二部を自分が好きなのは、シリーズの中でも、もっとも人間が巨大な理不尽に立ち向かう話だからだ。
そして「人間賛歌」というテーマをそのまま臆面もなくセリフに入れてるのがいい。

「有心論」でも人間の力を歌った歌で、人間を信じようというけなげさが泣ける。荒木センセもそうだけど、どこか病んでないとこういう直球のものは描けないのかなと思った。
2008.11.08 Comment:0 | TrackBack:0
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