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新訳Zガンダム、こないだの日曜に観てきました。
いやー大混雑。

 ・公開期間が短い。
 ・全国公開作品なのに上映館の数が少ない。

これは松竹側の戦略だそうですが、これが当たったのか、
予想外のヒットに対する後付けの勝利宣言なのかはよくわかりませんが、混んでることは確かです。

僕が行ったのは川崎にあるチネチッタですが、日曜ということもあって昼の回は満席でした。
2chの情報では土日は新宿と渋谷はまず立ち見だそうで、
川崎とか立川に足を伸ばすのもひとつの選択かもしれません。
チネチッタはとにかく音響が素晴らしく、ゆったりできるシートや、後部座席に邪魔にならない傾斜がかなり考えられてるので、全席指定(通常の1800円)でネット予約すれば確実に見れるので穴場かも。

僕の座った席の隣は一家四人の親子連れ。
他にも子供を連れたガンダムエイジの姿はちらほらいました。
後ろの座席には70・・・もしかしたら80歳にはなってるかもしれないおじいちゃん。
何者・・・?

ファースト放映時にはどう考えても50がらみは下らないでしょ?
もしかしてアニメ業界にゆかりのある人だったりして。
エンディングでガクトの歌が流れると、フラフラと危なっかしい足取りで退席なされました。
もう少し観てれば二作目「恋人たち」の予告が見れたのに。

5歳児から80歳まで、あらゆる世代を網羅したZガンダムの客層恐るべし。

上映前には、
同じシネコンで上映していた『戦国自衛隊1549』の小説版の作者であり、
ターンAガンダムの小説版を手がけた福井晴敏原作小説の映画化
『亡国のイージス』の予告編が流れていました。

福井氏は、自分がもっとも影響を受けた作家として富野由悠季の名前を公然とあげてます。
スクリーンを見ても富野信者。右を見ても左を見ても富野信者。
後ろは謎のおじいちゃん(きっと富野信者です)。

富野由悠季の遺伝子と影響力が会場を支配しているのを肌で感じました。

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富野作品のことはいずれ書きたいと思ってたのだけど、
かなり敷居の高い難解な作品が多いし、作品がもつエネルギー量が並じゃないので、こちらもそれ相応のエネルギーが要るので避けてきました。

富野由悠季という人は、多くの中毒者にとってそうであるように、僕にとっても特別の監督さんになりつつあります。
僕の富野リスペクトはガンダム世代にしては遅く。
自分は富野が大好きなんだと自覚したのはけっこう最近です。
(といってもファースト3部作を10回は見てるガンダムファンではありました)

Zのテレビシリーズもつい3年ほど前に見ました。
ちょっとその頃つらいことがあって、
カミーユの不幸な境遇、
そして登場人物に襲い掛かるこれでもかという悲劇を見ることで、
陰鬱なムードにはなりましたが、同時にそれが嫌ではなく。
彼らにに自分を重ねたのだろうか。
不思議にとても癒されてました。

そういうこともあって、Zは自分にとって特別な作品でもあります。

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三部作の端緒となる今作の内容ですが、
評判どおり、新作部分の壮絶なMS戦のクォリティが見事でした。

これはハゲ絶好調か? と思わせる迫力に、富野の健在ぶりを伺えましたが。
(富野監督は一部のファンから敬愛とからかいをこめてハゲと呼ばれてます)

2chなどでTVとの比較をした人の話をみると、どうもあの壮絶なギャプラン、アッシマー戦の絵コンテはTVのものと同じらしい。
まあそうだとしても、新セリフ、新シチュエーションもあって、テンポも圧縮されてかなり違うので、”編集のマジシャン”である富野のセンスが爆発してることは紛れもないのでOK大丈夫。

富野は、ここ十数年(禿げた)頭を占拠してた「なにか」を乗り越えて、新天地へと飛び出し、新約Zを引っさげて、味噌糞いっしょくたの、新しい才能あふれるこの混沌としたアニメ界へ、メガ粒子砲を持って降り立ったのだと、そう思うことにする。

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一緒に見に行った知り合いはファースト三部作を一度通してみたことがあるというだけのガンダム初心者。

難解な用語やはじめて聞くような名詞がポンポンとびだし、ファーストとまるで違う世界観に戸惑うことが想像されるこの作品。

『Z』初見の彼の感想がけっこう気になったんだけど。
上映終了と同時に感嘆の嵐。
映画の後もずっと余韻にひたって足元をすくわれそうなほどの感銘を受けてたようでした。

富野信者としてはガッツポーズの場面。
心の中で富野信者開発機構中央指令センターに打電しときました。

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さてここで内緒話です。
感激している隣の鴨、いえ、新たな仲間には申し訳ないのですが、
僕はちょっとそこまでの感激はしませんでした。

ひとつには、僕が派手なアクションシーンを見慣れたすれっからしのアニメファンであることがあって、これが大きいと思います。

それと、僕はわりと最近Zを二回通してみてるので、まだ記憶が新しくて、
古いゼータ観に支配されてしまってたのが不幸だったかも。
(これは富野にいわせれば、滅ぶべき古い地球人なのかもしれないですね・・・)

2chでは「オールドファンは事前に復習(予習)したりして見ないほうがいいという親切な書き込みがあって、
(これはまったく正しかった)
僕はそれに従って予習しないでいったんですが、それでも不満は残りました。

良い方向にとらえられてるテンポの良さは、もちろん心地いいものだったんですが、なにもそこまではしょらなくてもと思うこと数度。

カミーユのガンダム強奪からジャブローでの戦闘までのあっという間の早さに、こいつ順応早すぎないかという違和感がかなりある。

そして、TVで見た数々の名シーン。
それが新画でところどころリメイクされてるのがうれしいんですが、

カクリコンの死に様もライラの死に様も、ポイントは押さえてはあるんですけど、
どうも前フリが短すぎて、彼らの死の重さと、
そしてここが大事なんですが、
それを背負っていくジェリドの重みが同時に軽くなってしまった印象なのが残念。

ジェリドの扱いは、実際今回かなり(たぶん意図的に)薄いです。
ライラとの最初の激突でのセリフがかなり改ざんされてるし、
これはジャブロー脱出のシーンでも思ったんですが、
あのジェリドの燃え上がるような執着心。凄まじい凡人の炎がイミテーションランプのようになってしまったかのような失望を感じた。

このままだと、かなり大胆に改変されるという三作目はどうなるのか。
「カミーユ、お前は俺の・・・」
このセリフの熱さ(そして暑苦しさ)だけはなんとか再現してほしいと願ってます。


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それと、観た人のあいだで、ビジュアル面での一番話題にのぼるであろう部分。
旧作と新作の、新旧入り混じった絵。

これは低予算のせいなのか、なにか意図があったのかわかりませんけど、
やはりけっこうきついです。
監督は「それだったら、絵でなくストーリーでひっぱればいい」
みたいな発言をしてるみたいですが、なんか諦めにも開き直りにもみえるし、
やはり予算かな。

どう考えても完全新作のほうがいい。
違和感バリバリで、一回だけ、カミーユの絵が切り替わったときに、同一人物だと認識してない自分がいるのに気づいて、こりゃヤバいと思いました。

富野がZを作ってるらしいという噂が流れ始めたとき、
Zって、20年前の作品にしては絵が安定してるので、このまま全部旧作の編集でもいいんじゃないの? なんて思ってましたが、
実際見てみると、恩田尚之とかいう人の絵はけっこういいですね。
富野はかなりダメだしをして、恩田氏はついには製作現場を離れたくなったそうですが、
それだけ期待されてることの裏返しにも思えます。

富野がオカマ言葉で怒り狂った(想像)だけあって、カミーユや女キャラが子供のようにぽっちゃりしてるのがけっこうヘンかもしれないけど、
男キャラなど含めると全体的にいい感じです。

シャアなんか、TV後半OPの梅津泰臣の絵に近い(逆に梅津のすごさが思い知らされる)。
恩田尚之は当時TVの作画監督もしてたそうなので、梅津絵は意識したのかな。


ファースト劇場版のように、次作から新作絵をどんどんふやしてって、3作目くらいは100%新作にしてほしいです。
一作目がヒットしたからありえる話だと思うのですが。

・・・
今思ったけど。
もしかして新訳のDVDが出揃って1年くらい経ったら、
全部新作に直して、尺も長くした「完全版」が出るんじゃないだろうな・・・
あのガンダム三部作の糞DVDを発売したバンダイビジュアルならありえる。

うーん、でもそれうれしいな。
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2005.06.14 Comment:0 | TrackBack:1

シネスケ

仕事で嫌なことがあって帰宅したのだが、
TVをつけたらこの映画をやっていた。
放送が始まって15分はたっていたので、冒頭は見逃してしまったのだけど、画面にひきつけられた。

こういうことはよくあると思うけど。
いい映画というのはオーラを放っていて、どこから見始めても吸引力で虜になってしまうものだと思う。

まったく見る予定のなかった映画を、食いつくように見ていたのは、画面のよさだけでなく。
仕事での嫌な気分をかかえた自分の波長が、この映画の真中演ずるOLの境遇と自然と重なってしまったからかもしれない。

ここの上司たちは単なるモラハラオヤジというわけでなく、真中の境遇も(見逃した冒頭で語られてたはずだけど)傷心状態という大きな挫折が根底にあったわけで、自分の抱えてるのとはとはまったく違う陰鬱さだったけど、
陰のオーラを、競演の境雅人演じるさわやかな男”前野”が、真中へのラブコールといっしょに見事に払拭してくれて、わかりやすいくらい映画で元気をもらった。

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とにかく堺雅人がいい。
このひとの演技と存在感だけでも100点満点の風格。
舞台俳優ばかりで、昨年のNHK大河『新選組!』で山南を演じるまでは映画やブラウン管では露出の少ない人だったけど、
この時点でブレイクしててもよかったのにと思うくらい陽のオーラがある。

ネタバレは避けたいけど、
ラストまでみると、この陽気さの意味を問いなおすハードな仕掛けが待ってる。
そして、その最後の仕掛けに、それまでの全ての出来事が伏線として連鎖していたのだと観客は気づくのだ。

「ええんとちゃいまっか」
という前野のセリフは、刹那的に瞬間的に人生を楽しめというメッセージだったと思う。
流れではなく。個々の幸せ。線ではなく点。
その積み重ねこそが生きる上での幸福に他ならないのだと。

その単純で快活な刹那主義の裏側には、もう一層深い真実が眠っていることになるのだが、その前野と僕らでなにが違うかというと。
実は何も違ってはいないのではないかと。

だからラストはたぶんハッピーエンドなのです。

THE BOOMの『いつもと違う場所で』という唄に、手塚治虫のセリフが引用されてるけど、
まさにそれと同じものを前野は「ええんとちゃいまっか」という砕けた大阪弁で朗々と訴えかけてきてる気がする。

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競艇のシーンが少しあっけにとられる展開で、それゆえに難解に感じた。
思うにあの仕掛けはファンタジーで驚かせようとしたのではなく、
リアルなメッセージを表現しようとしたうえでの戯画化ではないだろうか。

つまり。
人生山あり谷あり。
帳尻はどこかであいまっせと。

あの金は「運」の貯金。

そしてめぐりめぐって、その通帳に貯蓄された「運」は、
主人公志乃の「意志」の力によって、コントロールされ、解き放たれる。

いや、解き放たれようかという寸前で、その目論見は足元から崩れ去ってしまうのだけど。
それもまたリアルな「運命」。
ひとつの可能性。

こういった観念論がメタメタ(影)で進行していくのと逆に。
画面上ではベタベタ(光)な人情ドラマが展開されていくのも確信犯的なお遊びにみえる。

 給湯室ドラマよろしくの女同士のイジメ、そこから邂逅して友達になる流れ。
 彼女かと思って身を引こうとしたら妹だった。

そして、こんなベタベタが心地よかったりする。
ラストもベタベタだ。
しかしそれはこの映画の狙いにおいては、稚拙な泣かせの演出などでは決してなく。
「光」を担う部分であって輝きなのだと思う。

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主演の真中に関しては、黙ってればいい絵を撮らせてくれる女優なんじゃないの? って程度で、正直見るべきところはあまりない人だと思います。
もともと嫌いなタレなんで。
ミスキャストは言いすぎだけど。主演という境遇や、競演者のオーラにおんぶに抱っこの態度が演技から透けて見えるようで嫌。
映画からもらうだけでなく貢献しろよと思った。
とくにこういういい映画だと主演のぼんくらさは目立ってしまう。当たり前の話だけど。

どうしても、堺の演技と対比してしまうが。
中盤、酒の席で社長を言いくるめるところは、
前野の超人的な悟りキャラクターを表す一番大事なエピソードで、
あの長台詞を完璧にこなした堺はほんとに素晴らしい。

前野は恐ろしいほど勘が先回りし、悟りきって達観した部分があるゆえに、
それが過ぎて、ときに天然な振る舞いで空気をよめなかったりする。
同時に超人とは縁遠い、わがままや弱さをもってるゆえに、致命的な間違いをしたり、他人に運命をゆだねたりもする。

超人だけど、その前に人間。
そして超人前野は、限界をもったひとりの人間としてその役を全うした。

この前野という愛すべきキャラクターを描ききったという意味でも、
主人公の志乃は単に狂言回しの位置だったのかもしれない。

監督さんはもともと脚本の仕事をしてたりはするみたいだけど、これが初監督だそうで、
以降も監督作があるので機会があれば見たい。

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原作は最相葉月というノンフィクション作家の短いエッセイらしい。
中央公論新社刊 『なんといふ空』に収録。

DVD

2005.06.06 Comment:2 | TrackBack:0
新聞広告で週刊文春のこの記事の見出しを見て、馴染みのコンビニでチェックしようとしたら、なぜか文春だけない。

この号

翌週に他のコンビニに立ち寄ったら、いつのまにか次号がでていた。
というわけでこの記事見逃したので、どうせネットで騒がれてるだろうと期待して検索かけても反映されるようになるまでタイムラグがあるので、目当ての記事はHITせず。

・・・こうなるとどうしても知りたい。
MASTERキートンは僕の中でBEST漫画といってもいいくらいの作品。
キートンになにがあったのだ。

僕の中で想像がぐんぐん広がっていて、
こういう想像になってた。

5月10日に、イラクで
外国警備会社の社員、斎藤昭彦さん(44才)が拘束されたというニュースがとびこんできた。
この警備会社というのはかなり語弊というか勘違いがあるままに日本で報道されていて。
実際は民間軍事支援会社とでもいったほうがいい・・・つまり軍事行動代行の傭兵派遣業というのが正確なところらしい。

斉藤さんは不幸にも襲撃を受けた際の傷がもとで亡くなってしまったが、
のちにわかってきた、この人の経歴がすごい。

このへん
79年陸上自衛隊に入隊。第1空挺団(特殊部隊)に所属するが81年に退職。
その後、20年ものあいだフランスの外国人部隊に所属して軍役に従事していたという。

20年が正確な数字だとすると、数年ブランクがあって計算が合わない。
どこにいたかっていうと、これラジオで誰かがいってたんだけど、
どうもこの人。イギリスの特殊空挺部隊SASに所属していたことがあるらしい。
SASといえば、キートンの所属していた部隊。
エリート中のエリートだ。

「フランス外人部隊には、たたき上げの中でも最上級の地位に成り上がった日本人がいるらしい」
斉藤さんは、そういうふうに軍事関係者の間ではしばしば話題に上るほどの存在だったそうだ。

この伝説っぷりが、キートンとかぶる。
第一話ではキートンにかつて指導を受けたことのある教練兵が、上官であった軍曹のキートンと敵同士として相対するシーンがある。
彼が過去のしがらみを思い出したのは、キートンが日系で異例の存在だったからだ。
日本人の教官というだけでキャラが際立っている。

他にも初期のエピソードには
「そういえば聞いた事がある・・・」と、凄腕の日本人軍曹の噂を、登場人物が思い出すシーンが多かったと記憶してる。

つまり、邦人でありながらSASの軍歴があり、フランス傭兵部隊のトップクラスの兵士であった斉藤さんは、
キートンのキャラを作るに当たってモデルになった人だったりしないかと。

そして、その人がイラクで亡くなったのと、この文春の記事のタイミングがピッタリつながるものだから、てっきりこの関係の、なにか国際的な事情がからんだ壮大な話なんじゃないかと空想してしまっていた。


*****************


・・・が。

今日ネット検索してみたら、かなりでてきた。
たぶんトップにくるここが一番詳しい。
砂上の賃貸


ていうか、ここ読んどけば文春いらないや、それ以上に濃密な内容で、ただ驚くばかり。
しかも壮大どころか、下世話な話だー!

関連ブログを読んでいったら同じようにショック受けているひといたけど。
そう、ほんとプチショック。

勝鹿北星が原作をほとんど書いてなかったなんて・・・

『MASTERキートン』の原作者としてクレジットされている勝鹿北星は、
キートン連載当時、サブカル誌でも謎の人物として特集が組まれるほどの謎めいた人物で、その謎が『キートン』という漫画のひとつの魅力になってるような雰囲気さえあった。

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僕の情報は当時のままで止まっていたので、編集者=勝鹿北星説も知らなかった。
いろいろ今回の絶版騒動でわかってきたことを総合すると。

どうも担当編集者長崎尚志氏と、作画家でしかない位置づけの浦沢直樹先生がほとんどのストーリーを合議で決めて言ったというのが、真相からそう外れていないようだ。

この担当編集者は後にスピリッツの編集長にまでなるのだけど、印税着服疑惑で更迭されてしまったという。
なるほど、そこから編集者=勝鹿北星説がでてきたのも頷ける。

だけど実際、いま世間に出回った情報で、薄々確実ではないかと思われていることは、
勝鹿北星は設定だけやって、ほとんど作品にノータッチ。

それどころか、浦沢直樹が独断で勝鹿北星の脚本をボツにしていった疑惑すらある。

いや、結果的に『MASTERキートン』は傑作だったので。
その判断は作家浦沢の野生の勘というか、器の大きさを表してるというか。
そういうものをいっそう際立たせる。

そういや『MONSTER』が始まったとき、ビッグコミックオリジナルの編集部は「キートンのようなヨーロッパを舞台にした物語をわが誌でもう一度」と浦沢直樹にお願いしたそうだ。

謎の原作者勝鹿北星をむやみに超リスペクトしていたアホちゃんこと僕は。
「なんで勝鹿北星にお願いしないんだろう」と素で不思議に思っていた。

実際は編集部がお願いしたのは浦沢直樹と、そのブレーン長崎尚志だったのだね。
納得。

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名前貸しだけのような実態になってしまった勝鹿北星。
ずっと謎だったこの人、実はすでに他のいろいろなペンネームが明かされ、ネットでは常識として定着してたようです。
このネット全盛時代に僕は怠慢でしたね。

そのPNのうちのひとつは僕も読んでいた作品の原作者でした。
はるか昔、小学生の頃。
里見敬のデビュー作『なんか妖怪』の原作者、きむらはじめがそのひとです。

内容はもう忘れてしまいましたが、
かなり面白かったのを覚えてます。
勝鹿北星さんは昨年の12月にガンで他界されたそうで、
謎が解けたとはいえ、ながらく僕の頭を占拠していた謎のカリスマ勝鹿北星の足跡を辿る意味でも追悼する意味でも。
『なんか妖怪』を古本屋で買い集めようかなと思います。

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そして、今回わかったことは、そんな悲しい話だけでなく、
勝鹿北星亡き後も、実は傑作『MASTERキートン』の作者は健在だといううれしい事実です。

まあメガヒット作『MONSTER』、そして連載中の『プルートゥ』において彼らは第一線で活躍しているわけで、
勝鹿北星の次回作はまだかとアホな期待して徒労に終わったこの10年の怨念と飢餓感も、妙な形で充足されました。

長崎尚志氏は、編集長降板劇のあと小学館を退社し、浦沢のブレーンとして、そして独立した原作者としてフリーになったようで、
この経緯はまるごと、往年の『アストロ球団』のストーリー作り全部やらされて、馬鹿馬鹿しくなって脱サラして原作者になってしまった愛英史を思わせます。
そういえば愛英史が原作をやってる『ゼロ』の作画が里見敬なのも奇妙な符合だ。

たしかに編集者は高給取りですが、こうして創作に密接に関わった場合は、当然著作権も発生するという認識を高めていった方がいいのかもね。
なあなあの業界だから。いつかこういう才能ある人は爆発してしまう。
まあ才能あるから、ひとりで稼いで十分食ってけちゃうから、いいんだろうけど・・・

アニメ業界がよくやる架空の原作者って著作権問題を解決するための知恵だと勝手に思ってるんだけど、ああいうやり方で当事者に公平に分配すればいいのにね。

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ところで大事なこと忘れてた。
この『キートン』絶版騒動のキーマンが、
なぜか横からしゃしゃり出てきた巨匠・雁屋哲先生・・・!!
ゴルゴ脚本家時代の盟友菅伸吉(勝鹿北星)の名誉を守るため、出版社に押しかけ、
もはや小学館VS雁屋哲という図式の争いになってるというのだ。

ここが詳しい。
ARTIFACT ―人工事実― | 週刊文春の『MASTERキートン』絶版記事を考えてみる

このサイトでは、
勝鹿北星はちゃんと原作をやっていたのに、それを浦沢・長崎コンビが、自らの利得のために貶めたという推測もひとつの推理として書いてますね。

ただ直後に補足もしてあるように、
この件は勝鹿北星さんも生前、コミックの新しい増刷ぶんでの自分の名前の縮小。
そして印税の取り分の再検討でも示談が成立済みの話ですから。

そこになんで雁屋哲でてくんの???
ってのがみんな普通に疑問に思うところでしょw

いまたまたま雁屋先生の傑作『野望の王国』を読み進めてるとこだったもんだから。
もうヤクザの仁義の世界を見てるかのような錯覚をおぼえる・・・w

もう雁屋先生が勝手に怒って、職業作家(ヤクザ)のメンツのために、
(野望の王国のごとくw)小学館を火の海にしようとしてるのではないかというイメージ。

まいったなあ・・・という感想のほかに
さすが雁屋哲だと拍手したい気分でもあります。


砂上の賃貸が2chから引用していたこの部分ですが。

756 :名無しさん@お腹いっぱい。 :03/06/25 17:50
浦沢直樹に関する噂

「マスターキートン」の原作は「勝鹿北星」になっているが
実は浦沢は勝鹿の原作をほとんど使わず、自分で描いていたらしい。
(ネタだけ使っていたということ)
勝鹿は「話を使ってもらえないのに原作としてクレジットされ
金をもらっている」ことに悩み、同じく原作者の雁屋哲に相談した。
それを聞いた雁屋はあるパーティで浦沢を問い詰めたという。

これが本当だとすると、すごいイメージが膨らんでわくわくしてしまう。
大怪獣同士の戦いだ。
たぶん天才浦沢は、鬼才雁屋のプレッシャーを軽く流したはず。
それが雁屋は許せない。
なにせ暴力団はメンツを潰されたら食っていけないのですから
(もう僕の中で雁屋=暴力団になってるw)

あー・・・傑作漫画『キートン』がこんな形でゴシップになったのは悲しいんだけど。
なんかいますごい楽しい。

2005.06.04 Comment:0 | TrackBack:0
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