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脚本:高久進 演出:大貫信夫 作画監督:上村栄司


今回は本筋のストーリーはどうでもいいです。

毎度のことながら、ドクター・ヘルがあしゅら男爵をいびるというコントには鬼気迫るものがありますが、
ドクター・ヘルのいびりにどんどん磨きがかかってきました。
今回のいびり方は最高です。

 「ああっ、なにをなさるのですかドクター・ヘル」



「なぜ私の命を狙われるのですか。」




「マジンガーZを倒すことができないからですか」




「ドクター・ヘル。マジンガーZは必ず倒してみせます。ですから銃殺刑だけはお許しください。お許しくださいドクター・ヘル」

「ならぬ」



無情にも引き金をひくドクター・ヘル。

「あーーーーっ!!」

しかしこの銃はドクター・ヘルが開発した巨大化銃だったのです。
あしゅら男爵としてはそんなこと知りませんから、死の恐怖を味わったことでしょう。


みるみるうちに巨大化していくあしゅら男爵。
作画が妙に頑張ってて、巨大化途中の引きつれた顔など、
凝った演出ですが、静止画で見ると笑えます。
せっかくキャプしたんだからケータイの待ち受けにしようかなこれ。


「巨人になった感想はどうじゃなあしゅら男爵」

あしゅら男爵。
高笑いを始めたかと思うと、本音ぶっちゃけタイムです。


「やいドクターヘル。よくも今までこの俺様をコキ使いやがったな。俺も人に少しは恐れられたあしゅら男爵だ。そういつまでもお前の言いなりにはならんぞ!」

もう、当時のブラウン管の前の視聴者全員が同時に「あーあ」と内心つぶやいたと思います。

1973年2月18日の夜7時10分ごろ。日本列島を
「あーあ」
という巨大な想念が包みました。

余裕のドクターヘルが笑いながら
「それではどうするというのじゃ」と尋ねると、
あしゅら男爵はためらいもせず、
「こうしてくれる!」 (爆笑)
ドクターヘルを踏み潰しにかかります。
まさかそこまで憎んでいたとは思いもしませんでした。

しかし、あっさり光線でまた元の大きさに戻されてしまう。

立場再び逆転です。

「あしゅら男爵! 今の行動がお前の本心か」



「と、とんでもございません。体が急に大きくなり、つい心にもないことを」


みよ、この卑屈な作り笑いを。


ジー


なんとか土下座をして許してもらいました。
大爆笑のコントでした。


この光景。
昔のバイト先の社長と部下の関係にすごく似てることに気付きました。
こんな漫画みたいな関係が実際にあるわけで、当てはめるとあまり笑えませんね。
ワンマン社長の一挙手一投足を、部下のSさんはものすごく恐れていて、いつもビクビクしてました。
そして社長にはおべっかの嵐で気味が悪いほどのヨイショぶりだったんですが、Sさんも巨大化させたらあしゅら男爵のようになるんじゃないかなあと思います。

しかし、このいびりコント。
どうもここまでで面白いのは、ことごとく高久進脚本ですね。
また高久進か!と自分突っ込みしてしまいますが、
高久進の脚本が面白いのだからしょうがない。

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高久が担当した第5話「ゴーストマジンガー出現」でも、ゴーストの実験にあしゅら男爵を使い、今回とおなじようにあしゅら男爵をからかうスタイルでした。

「あしゅら男爵、自分の幻を見た気持ちはどうじゃな」
って・・・よく噛み砕くと、これはサディスティックな「言葉攻め」の意味合いがだいぶ強いですよね。

高久脚本のあしゅら男爵いびりが面白いのは、
ドクター・ヘルをかなり明確なサディスト、
それも心理的な責めを使うサディストとして描いてるからだと思いました。

この第5話をみたとき、もうひとつひっかかってたことが。
ドクター・ヘルが機械獣の紹介をするときのセリフなんですが。
「親愛なる機械獣キングダンX10!ここにまいれ」
「あしゅら男爵。ワシの忠実なしもべであるキングダンX10を連れて行け」


たしか、あしゅら男爵は「親愛」とか「忠実なしもべ」とかいう言葉を一回もかけられたことがないんですよ。
機械獣以下なのかなって思いました。

- - - - - - - - - -

もちろん藤川桂介が担当した回でもいびりシーンはあります。

第三話などでは、首輪を孫悟空の頭の輪っかのようにしめつけて悶絶させるシーンがでてきますが。
「お前にはプライドがないのか」とか
「苦しめ、その地獄の苦しみの中から地球征服の知恵を搾り出せ」
という建設的で説教的な意味合いのある「体罰」的傾向が強い。
高久のいびり方は、ひたすら快楽的に倒錯した、単なるサディズムなんですよね。

しかし高久もそのへんはバランスをとってるようで、
第5話のラストには、めずらしくマジンガーに負けたあとの反省会のシーンがあります。

マジンガーZ討伐に失敗したあしゅら男爵が自らの命を絶とうとしたのを、ドクター・ヘルが一喝します。

「ばかもん! 死ぬ覚悟があるのなら、なぜマジンガーZを倒そうとは考えないのじゃ」

「人間の知恵は無限じゃ。また悪知恵も無限じゃ。お前は私に忠誠を誓った以上、悪知恵の限りを尽くしてマジンガーZを倒し、世界を征服するのじゃ。死ぬのはそれからでも遅くはない、あしゅら男爵」


ここだけとってみると、かなりいいセリフですね。
ドクター・ヘルとあしゅら男爵の殺伐とした関係に潤いを与え、敵側のドラマに深みを持たせてます。
こういうバランスの取り方はさすがだと思いますが、高久脚本はやはり全体の整合性に欠ける。
ドクター・ヘルの冒頭のイビリが
あまりに楽しそう

なので説得力も半減なのですw
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2005.01.22 Comment:2 | TrackBack:1

『ウルトラマンネクサス』
第1話~13話

遅ればせながら現在土曜日早朝に放送中のネクサスを見始めた。
ビデオに録ったものをのろのろ放送を追いかけながら見てたのだが、
ここ数話のテンションが高くなってきて、物語の骨子が見え始めたら、これはかなり面白いんじゃないかと思えてきて、本腰をいれてみてる。

TBSの番組サイトにはこうある。
ネオスタンダード・ヒーロー誕生!最大・最強! ウルトラマンが変わる!!!

「ウルトラマンが変わる!」新ヒーロー『ウルトラマンネクサス』は、これまでのウルトラシリーズにない斬新な設定で大きく変わる。
 ・ウルトラマンに変身できる人間がシリーズ中に数人登場する。
 ・変身できる人間は、防衛機関に所属していない。
 ・ウルトラマン自身も銀から赤へモードチェンジして戦う。
 ・異生獣「スペースビースト」はもちろん、ウルトラマン、防衛機関の存在を一般の人は知らない。
 ・光の超人『ウルトラマン』に対して、その影となる「黒いウルトラマン」も出現する。
 『ウルトラマン』のテレビシリーズが誕生してから38年。この普遍的な「ウルトラワールド」の世界観に新しい設定と深いストーリを融合させることで、さらにパワーアップした新しいヒーローが誕生する。

羅列してある「斬新」な点が、ことごとく斬新でない。
ライバル番組である平成仮面ライダーでやってたことや、中には過去の平成ウルトラマンでやっていたことまでもが平気で含まれてる。
これはもう魂のこもってないおざなり紹介でしかない。
おざなりな紹介では視聴者だって興味をひかれないのだよ。危うくネクサスを1年間スルーして見ないところだった。

僕の感想文は、ささやかながらネットに公開してるわけで。
そうである以上は、他の人にも番組を見てもらいたいなという前提で書いてます。
ネタバレ も含んでますが、これから見る人が興味をそがれないように注意はしてるつもりなのでご了承のうえお読みください。

実際見てみると、序盤はかなり退屈。
しかし、数話過ぎてくると、伏線を消化し始めたこともあって、のめりこんで見るようなシーンが多くなってきた。
数々の異色ファクターもそのせいか魅力的に見えてくる。

番組の内容に興味が出てくると、凡庸に思えたOPやEDまでカッコよく思えてくるから不思議だ。

ガレージキットを多用したOPは燃える。
とくにこの出動シーンがいい。

で、異色な点だが。
まず明らかに過去のウルトラマンと比べて異質なのが、
主人公(隊員)とヒーロー(ウルトラマン)の分離。
これは僕も最近見たんだけど’72年の『アイアンキング』との類似がささやかれてるようだけど、
あれは主人公とヒーローが一心同体のようなものだった。

『ウルトラマンネクサス』において、ヒーローのネクサスは冒頭からずっと謎の存在。
この番組の地球防衛軍であるTLT(ティルト)もネクサスを、「怪獣を捕食する巨人」=危険な怪物として攻撃。

ネクサスの正体が姫矢でないかと気付いた孤門は、過度にウルトラマンに攻撃的な上司と板ばさみになって苦悩する。

基本は孤門サイドの視点でつくられていて、主人公は完全に孤門だ。
視聴者が共感するのも孤門だろう。

そして、ウルトラマンのほうは置き去りかというと、そうでもなく「謎」でかなりひっぱってる。
そのひっぱりかたもいい感じだ。

いまのところカメラマンであった姫矢のトラウマ体験が紹介されたのみで、なぜウルトラマンネクサスに変身するようになったのかはいまだ明かされない。

姫矢の哀愁漂うワイルドなマスクと、切ない過去が特撮番組のあらたなユーザー層である主婦の母性本能をくすぐるように作られてるのは明らかで、
男の僕もついつい女性視点で見てしまい、ぐっとくるものがあります。

悩み成長する主人公孤門と、心に傷を持ったビターな味わいの姫矢の意思が少しずつ疎通してくるあたり。
「サポートとしてのウルトラマン」という構成がドラマの中でうまく機能し始めてる感じです。


主人公側の心の傷も現在進行中で。
冒頭になにげなく描かれていたデートシーンとかですね(かなりつまらん)、幸せなカップルの描写(他人の幸せはほんとにつまらん!)が、最悪の展開になっていく残酷でホラーチックな描写はかなりあざといものの、素直に面白いと思いました(ワーワーパチパチ!)。
あまりにひどい展開なので、主人公はドラマの中でちゃんと救済してあげて欲しいものです。(振られた男には僕はやさしいです)

10話あたりから、溝呂木というサイコなゲームマスターが登場して物語の全体像が見え始めた。
この展開は’90年代に流行ったサイコ殺人ものを思わせる。
しかも『沙粧妙子・最後の事件』や『ケイゾク』なんて具体的なタイトルがいくつか浮かぶところからも、方向性が安易に感じられて不安でもある。
単に他ジャンルのおいしいところをもってきただけでなく他の特異な点と融合したハーモニックなドラマをみせてもらいたいものだ。


あと、アクションがけっこういい。
メタフィールドという擬似空間に怪獣を誘い込んで殺すという設定のせいで、「ビル群の隙間で戦う巨人」という魅力的な構図がなくなってしまったのがマイナスに働くと思ったのだが、
敵対するもう一人のウルトラマンとの戦いが序盤からメインになってるので、、広いスペースで体術とCGを駆使した縦横無尽のバトルを繰り広げているのを見ると正解だったと思う。

OPでCGモーションディレクターという役職に板野一郎がクレジットされてるのも目を引く。
板野一郎といえば、『超時空要塞マクロス』や『北斗の拳』などで名をはせたアクションのうまいアニメーター。
天才的センスで描かれた飛び交うミサイルの乱舞を、「板野サーカス」と呼んで当時のオタクは絶賛した。

’80年代アニメブームを支えたアニメーターのひとりだ。
同期でマクロス周辺の80年代オタク出身アニメーターであった庵野秀明河森正治が演出家として転向していく中、板野一郎はストイックに動画やアクションの魅力を追求していたってわけね?

11~12話でのネクサスとファウストの戦いではCGのウルトラマンたちが空中戦を行ったが、メリハリのきいたアングルの展開やテンポがかなりいい出来だった。
たぶんこのへんが板野一郎の仕事なのだろう。


12話で漫画チックなスピード線の中で、拳が交差して相打ちになるところは、一見あしたのジョーのクロスカウンターのパロディにも見えるが(ちょっと検索してみたらやっぱそういわれてる)、
たぶんあれは『北斗の拳』で板野が担当したラオウとケンシロウの一騎打ちのセルフパロディだったのではないか? ちょっとやりすぎだよね。

いやあ、それにしてもこのCG時代に食いっぱぐれないよう、こういうスキルを習得してたんだね。意外だ。


監督の小中和哉や、脚本・シリーズ構成の長谷川圭一については、平成ウルトラマンをほとんど見てない僕としては、Vシネマの『ブラックジャック』や『ASTROBOY 鉄腕アトム』の作り手という認識だ。
これらの作品の堅実かつ深みのある作り方に僕は非常に好感をもったので、今回のネクサスにも期待する。
まだ序盤を消化したにすぎないので残り9ヶ月ほどをリアルタイムで追いかけてみようと思う。
最近は過去の名作ばかり見てるオタクスタイルなので、
こういう楽しみな作品が週にひとつは欲しいものだ。

【公式HP】
hicbc.com:ウルトラマンネクサス
 http://hicbc.com/tv/nexus/

2005.01.18 Comment:0 | TrackBack:1
冷蔵庫を買った。

・・・・・・

フィギュアの冷蔵庫。
「ぷち冷蔵庫・たっぷりさん」だ。

以前買った食玩のシリーズで、これもコンビニで見かけた。
こんなでかい食玩の商品ははじめて見た。
ほとんど衝動買いですね。
我ながら、なにをやってるんだろう・・・と思いながらレジに持っていきました。

このRe-MeNTというメーカーの「ぷちサンプルシリーズ」は、ぐっとくるものが多い。
スーパーマーケットシリーズや、以前書いたお菓子シリーズなど、
生活に密着した見慣れたものをあえてミニチュアにするというコンセプト。
ここがコンビニにあふれかえる他の食玩と一線を画する趣向だ。

他の食玩は、なんであれ、現実から離れたファンタジーを売りにしている。
アニメの1シーンを驚くほど躍動的に立体で造形したヴィネットなどはその代表だ。
女の子向けの家具や人形も、ピーターラビットやミッキーの絵皿も、
現実感あるおままごとのようだが、基本はユーザーの願望をミニチュアという方法でアクロバットにかなえてあげるファンタジーだ。

この「ぷちサンプルシリーズ」とよく似た、おでん屋台などのシリーズさえ、「職人の世界」や「懐古」という非日常のファンタジーを売りにしてる。
なんかこう書くと、フィギュアの小さいさも手伝って、非常にみみっちい悦楽のような気がしてきたが、
「娯楽」を売るのだから、こういうファンタジー丸出し路線は非常に直球で正しいと思う。
そして同時に、発想がありきたりでもあったのだ。
そのことに気付かせてくれたのが「ぷちサンプルシリーズ」だった。

あろうことか。
この「ぷちサンプルシリーズ」は、普段目にするものをあえて小さくして値段をつけて売り出した。そして喜んで買ってる僕がいる。(ひょっとして買ってるの僕だけ?)

これはお笑いでいうところの「あるあるネタ」に似てる。
頭の中で無意識に当たり前のようになっていた「食べ物」の造形を「小さい」というフィルターを通して見せられるだけで、なんと面白いことか。
緻密に作られたペットボトルのお茶やスーパーのパック惣菜を見るたびに、
「うわーあるある」を頭の中で連発している。

考えてみると、他の食玩は大きければ大きくてもいい。
大きいのが欲しいという人だっているだろう。
小さいことにそれなりの価値はあるが、それは住宅事情だったり、
小さいものを作る技術への賛辞だったりする。
(実際は造型師の緻密な作業の賜物でもなんでもなく、PCで取り込んだデータをこのサイズに縮めて製造してるだけと聞いたが)

このシリーズは、まったく逆だ。
大きかったらアウトなのだ。
「小さいことそのものがホビーになる」という事実を再認識させてくれたすばらしい「おもちゃ」だ。

さて冷蔵庫に何を買い足していこうか・・・
うかつにもこのシリーズを知ったのは食玩紹介サイト『食玩魂 - Shokugan Spirit』での過去のデータを見てなので、各社奪い合いの限られたスペースであるコンビニの棚を通り抜けていった過去の傑作たちを入手するにはオークションにでも手を出すしかないかなあと思ってる。

知り合いもオクでゲーム機のフィギュアを買った。割高だが確実にコンプリートできるところがメリットだという。

何が出るかわからないバクチ性が削がれるのはつまらないが、おもちゃの魅力=ばくちではないゆえに、
彼の考え方は「遊び」にはストイックだが、
視線は純粋に「おもちゃの魅力」のほうに向いてるとも思う。

ダブリのリスクを考えたらコンプ品を買うかなあ・・・考え中。
つーか冷蔵庫買っちゃったしねー・・・。なにか入れないとガラガラなのだ。
冷蔵庫についてきた限定フィギュアの「プレーンヨーグルト」と「冷凍シュウマイ」と脱臭剤しかないので、サイズが合わないんだけど、こないだ買ったケーキを無理やり入れてる。

さっきのサイトの↓ここにシリーズ全部載ってるんだけど。
http://www.butsuyoku.net/shokugan/contents.html#foods
スーパーマーケットのシリーズ全部ほしいんだよな。
あと産地直送シリーズを野菜庫に入れたい。

2005.01.16 Comment:0 | TrackBack:0
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