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メリークリスマス!

僕もクリスマスケーキ買いました。



なんたってクリスマスですからね。

ケーキくらいないと聖夜を祝えません。
やはりノエルケーキが気分が盛り上がりますね。



・・・・









実はこれ。フィギュアです。
食玩ってやつです。

このメーカーのシリーズはすごい。
スーパーマーケットとか、おままごとに使えるようなリアルなミニチュアが僕の食指にビビッと来ました(もちろん食います。だっておいしそうだから)
そんで二箱買いました。

そしたらクリスマスイブにあわせてケーキがでました。
やったー

え? 昨日のイブの夜、なにしてたかって?
そりゃバイトですよ!(半ギレ)。
しかも風邪薬で頭ボーっとしてる。
我ながら最悪のイブですなあ。

 親方「ケーキ食ったかケーキ」
もちろん笑顔でいい返事しときました。

食いません! 

うるさいバカ。西洋かぶれのキリシタンどもめ。
クルスを胸に抱いたまま篭城して全滅すればいいと思います。

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2004.12.25 Comment:0 | TrackBack:0


脚本:高久進 演出:白根徳重 作画監督:羽根章悦

異色の話だ。
ガレン砲とは、旧日本陸軍が戦争末期に開発した破壊兵器。
それが光子力研究所を望む高台に眠っていると知ったあしゅら男爵はガレン砲で光子力研究所を一撃の下に葬り去ろうとする。

脚本は高久進
この人はよく職人肌の脚本家として語られることが多い。
求められた注文を常にアベレージの高い仕事で返す。
「職人肌」というのは裏を返せば、極めて作家性の薄いルーチンワークに他ならないのだが、引き出しとエンターテインメントのツボを熟知してるひとは、冒険をしないでも自分の「持ち芸」の組み合わせを変えながら、視聴者の欲求と自分の創作意欲との最大公約数的な回答を出す。
「才能」などというあやふやなものではなく、「職人」の極意があるからこそ、それを何十年も続けられる。
高久進という人はそういう脚本家なのだろう。
職業脚本家という言い方をしたときこの人は、まさに手本のような存在だと思う。

関わった仕事も実に多岐にわたるが、
今回のガレン砲の設定を聞いて思い出したのが、高久進がメインライターを勤めた特撮ヒーロー番組『超人機メタルダー』(1987年)だ。

メタルダーは、戦時中に開発された兵器が現代に蘇って、悪と戦うという設定だ。何かに似ている。
これは鉄人28号そのものだ。
そういえば高久のマジンガーでの脚本は、
兜十蔵博士がマジンガーを託す第1話をはじめ、このあと紹介する第12話「裏切者! 巨大化ロボット・バイコング」でも顕著なのだが、
「ロボットは操る人間によって善にも悪にもなる」というセリフが異様に多い。
これはそのまま『鉄人28号』で横山光輝が前面に打ち出したテーマであり、従来の漫画では鉄腕アトム以来の定型であった「擬人化」の慣習を打ち破り、ロボットをクールに「道具」としてとらえたという発明に近い業績だ。
そして鉄人ではそれがエピソードに見事に反映されていたのだが、
高久のマジンガーでは、ロボットを擬人化した上で、ロボットのもつ正義性を正当化する局面で使われる。
いいとこどりをした結果の「ツギハギ感」が隠しきれてないのが高久脚本の悪いところだと思うのだが、それは置いておいて。

たしかにそういう雛形(この場合『鉄人28号』)が職業作家のひきだしにあったかもしれない。
しかしまだ戦後をひきずっていた鉄人の描かれた時代(連載開始は1956年)と、メタルダーの作られた’87年では時代感覚が違いすぎる。
あの番組がバブル絶頂の飽食時代への強烈な批判として企画されたことはわかるが、「戦時中の遺産」という主人公の設定はいささか古すぎた。
メタルダーの乗るマシンはマツダのファミリアが変形するものだったし、時代考証もメチャクチャだ。

高久は、偏りの全くないオールラウンドプレイヤーというイメージだったのが、
なんだか孫に戦争の話を語って聞かせるおじいちゃんのような気がしてきた。

しかしまだキーワードが一つ足りない。

それは「ごっこ」だ。

このマジンガー11話では、
砲台を占拠するまでは、パイルダー号で上空から偵察したり、ボス達と突撃隊を編成しての白兵戦であって、プロレスロボットアニメというより、米戦争ドラマの『コンバット』だ。
マジンガーとガレン砲を守る機械獣の戦いは添え物でしかない。
一話まるごと、まるで戦争ごっこのような装いなのだ。

たしかにミリタリー風味ではあるが、それはどこか戦争とは違う。
兜甲児もボスも戦闘のど素人の高校生だ。
作中には自衛隊らしきものがでてくる場面もあるが、そういった力には頼らず、なぜか高校生集団が私服で山中を駆け回って世にも恐ろしい統率された鉄仮面軍団を相手にやあやあと立ち回る。
本当に戦争を体験した人間ならば、戦争の勇ましさや美化した部分だけを伝えるのには引け目があるだろう。
逆に戦後の作家ならば、俯瞰の視点から戦争を相対化できるだろう。
しかし高久は今回の脚本で、勇猛果敢なヒーローが登場する「戦争ごっこ」を描いたように思うのだ。

高久の生年は1933年。
終戦時には12歳だ。
なるほど、高久は戦時下の非常時に徹底的な軍国教育を受け、お国のためと出生して死んでいく近所のお兄さんを、憧れの眼差しで見送っていた少年時代だったのだろう。
その時代の子供はきっとみんなそうだったのだ。

戦中派という言葉があるが、戦争時代を体験した人間はまとめて戦中派というようだ。
しかし、僕はこれは厳密には戦争時代を体験した大人を指すものだと解釈してる。
だから、もうひとつ「子供戦中派」という部門を設けてもいいのではないか。

子供戦中派は、戦時を肌で感じながらも、実際の戦争はどこか空想の世界で、日常の路地の遊びの延長にあったに違いないのだ。
子供とは時代や国を越えてそういうものなのだから。

だから高久の描いたメタルダーは戦後40年経っても、現代の科学の粋を集めたネロス帝国を崩壊させ、
ガレン砲はB29を次々と打ち落とす。

彼にとって、いまだ旧日本軍は憧れのヒーローなんじゃないのだろうか。

考えてみると子供の戦中派の生息期間は驚くほど短い。
あまり詳しくないが、日本が国民の戦意高揚を国策として展開したのは、太平洋戦争が始まった1941年以降だと思う。(実際’41年に国民学校ができて、教育現場も大きく変わった)

参考リンク:「戦中戦後の子供のくらし」
「明治以来、初等教育機関としては尋常小学校と高等小学校があり、尋常小学校での6年間が義務教育となっていました。昭和16年には、児童たちは「少国民」と呼ばれるようになり、国民学校初等科(6年)と国民学校高等科(2年)に姿を変えてゆきました。」

45年の終戦を迎えて天皇が人間宣言をし、日本の軍国主義によったプライドはズタズタになり、牙を抜かれてしまい、
「一部の軍人に市民は騙されていたのだ。日本人も犠牲者なのだ」とGHQによる徹底した洗脳教育が始まる。
45年以降の小学生はジープを追いかけてギブミーチョコレートなわけだ。

(子供時代に終戦を挟んだ子供の心境は想像するしかないが、高学年ともなると、この急激なパラダイムシフトについていけなかったかもしれない。『はだしのゲン』では、中学生になったばかりのゲンがジープに群がる子供達を軽蔑し、くやしげに見ていた描写があったと記憶してる。ゲンは作者中沢啓治のかなり正確な分身なので、中沢と高久はほぼ同年齢ということに。高久との作風のあまりの違いは「被爆体験」としかいいようがない。)

となると41~45年の四年間に子供だった人間が子供戦中派といえる。(ヘタするとポケモンブームより短い)
この「子供」は物心つく5歳くらいから12歳までだろう。
(いまでいう)小学校6年を修了すると当時としては大人の自覚をもった時代で、リアリティをもって世間に接する年頃だからだ。
太平洋戦争の4年間に8~12歳という多感で夢見がちな時期を過ごした高久はまさに戦中派子供ストライクゾーンだ。


高久の関わった仕事には『陸軍中野学校』のように、旧日本陸軍の特殊部隊を扱ったシリーズや、それを彷彿とさせる子供向けヒーロー『忍者部隊月光』のようなタイトルもある。


現在のスーパー戦隊シリーズの実質的な祖となった『バトルフィーバーJ』を子供の頃見てて、なんだか日本刀とか司令官の軍服とかが子供心に「おじいちゃんくさーい」と思ってたのだが、これもメインライターのひとりが高久進だw

今度から高久の作品を見るときは「子供の戦中派」フィルターをかけて眺めてみようかなと思った。


追記:文中の「戦中派子供」という造語はなんかしっくりこないので「子供戦中派」に変えました
2004.12.21 Comment:0 | TrackBack:0


脚本:高久進 演出:勝間田具治 作画監督:中村一夫

 
この話、楽しみにしてたんです。
僕が昔ウルトラマン大百科を携えた子供だったことは書きましたが、ケイブン社の大百科シリーズには、アニメや特撮番組にでてきた怪獣を全て掲載した『怪獣怪人大百科』なるものがありまして、僕はこっちのほうが宝物でした。
で、大百科でマジンガーの機械獣もすべて網羅してあるわけなんですが、
このデイモスF3。カッコイイんですよ。
子供の頃からお気に入りの機械獣のひとつでした。


実際動いてるところを見るのは今回が初めてなんですが、このデビルマンのようなデザインで、いったいどんなことをしてくれるんだろうと期待しながら見始めたんですが・・・



ちょっとアレレな作品なのでこちらもアレレな紹介をします。
拍子抜けどころか、なかなか味わいのある作品ではないですか。そしてデイモスF3はカッコワリーです。
バラバラになってリモコンで元に戻るという機能がありますが、なんつーかコケ脅しですね。
たぶん機械獣のデザインは先行していくつか作り、脚本にあわせてテキトーに割り振っていったのでしょう。
せめてデザインにあわせた脚本にしてほしかった。外観が悪魔である必然性がまったくないのですから。
脚本は高久進です。この人については次回書きます。


さて本編は、いつも通りドクターヘルのあしゅら男爵いびりから始まります。まずはドクターヘルが作戦披露。

「相手はマジンガーZ、まともに立ち向かっては分が悪い。
デイモスF3をバラバラにして光子力研究所に運び込み、リモコンで復元させるのだ。そして動けぬマジンガーZを破壊するのだ」

なかなかいい作戦だと思います。

同時期に放送されていた『ウルトラマンタロウ』には、
自販機の中に隠れて、ジュースを買いに来た子供を襲うというトンデモな作戦を実行する頭の悪い宇宙人がいたくらいですから。


光子力研究所で働く主要人物のデータを要求するドクターヘルに、8ミリ画像をみせます。
(右があしゅら男爵)
あしゅら男爵「こやつがご存知、兜甲児」

ドクターヘル「余計なことをいわず続けろ」


ひどいですドクターヘル。
じっとドクターヘルを見つめるあしゅら男爵。

ニューヨークで開かれる科学会議のために研究所を留守にする弓教授に代わって責任者となる人物は誰かと、ドクターヘルは尋ねます。

「ご覧ください。のっそり博士にもりもり博士。そしてセワシ博士が共同責任者になるはず」

えー、のっそり博士にもりもり博士~?まあこういう登場人物のことはもちろん知ってたんですが、今作で初めて視聴者に名前が明かされたのかな。
あらためて紹介されるとなんともすごい名前だと思います。

ドクターヘル「このマヌケな博士たちを催眠術にかけ味方にするのだ」
ひどい・・・なんか、ドクターヘル。先入観にやられてますよね。
名前だけで相手の人物像を決め付けるのは良くないと思います。

さて、ドクターヘルの掴んだ情報どおり弓教授は会議に出かけていきます。
弓教授を見送る三博士
「さあ、モリモリと働くぞ!」

ああ、やっぱりそれでモリモリ博士なんだー。


あしゅら男爵は、配下の鉄仮面軍団に、博士達をさらうように命令を下します。


「いいな。マヌケな三人の博士を是が非でもここに連れてくるんだ」
もう完全にマヌケ扱いです。
絶対マヌケな名前のせいだと思う。


所変わって光子力研究所。
弓教授を見送ったあと、三人の博士はボウリングに行く相談をしています。
それをさやかは「お父さんがいないときに留守にするなんて」と、とがめます。
三人はシュンとしてしまいますが、甲児くんが留守番を申し出ます。

セリフが洗練されてるせいで、このときの甲児くんの奥ゆかしさがカッコイイです。
こういうところは高久進の技ありですね。

今回作画のレベルは高く、甲児クンのかっこいいパジャマ姿もでてきます。この人は寝てるときも襟を立ててるんですね。
たぶんスキマ風が吹いて寒いんだと思いますが、なかなかオシャレでいいですね。
のちに『UFOロボ・グレンダイザー』にて三下扱いになる人とは思えないくらい色気出してます。

さて、三博士は、さっそく甲児くんの好意に甘え、いそいそと出かけることにしました。
が、部屋を出たとたん走り出します。
「それーっ」


やっぱりマヌケかも・・・


そして異色のボウリングシーンになるのですが、
三博士のキャラが立ち過ぎててすごいことになっちゃってます。
モリモリ博士は筋肉をいちいちモリモリさせながら、隣のレーンに砲丸投げ。
セワシ博士はせわしなく右に左に絶えずフットワークをし続け、他人のボールを奪ってまで投げる。

あー、あとノッソリ博士はノッソリしてました。

極めつけはこのシーンです。
セワシ博士、あまりにせっかちすぎて、ボウルを掴んだまま自分ごと投げてしまいます

「あ~れ~」

ストライク!


ノッソリ博士がノッソリとマイボウルを取ろうとすると。

セワシ博士、ボウルになって出てきちゃいました。

まあベタベタなネタなんですけど、演出がナンセンスを狙ってダダスベリになってて、三博士の強烈なキャラとブレンドされて、おかしなことになっちゃってるんですよ。

さて、ボウリング場であっさり捕まってしまった三博士は、催眠術をかけられて、マジンガーZを格納庫から外に出してしまいます。

そしてあしゅら男爵はバラバラにしたデイモスF3のパーツをミサイルに仕込んで、光子力研究所の近くに撃ち込みました。
甲児君やボスたちが、なにごとかと駆けつけると、
みるみるうちにパーツが集ってデイモスF3になっていきます。

アレレ? そんな作戦でしたっけ。
ここでもう一度ドクターヘルがたてた作戦をどう語ったのか見てみましょう。
ドクターヘル「相手はマジンガーZ、まともに立ち向かっては分が悪い。デイモスF3をバラバラにして光子力研究所に運び込み、リモコンで復元させるのだ。そして動けぬマジンガーZを破壊するのだ」
・・・ずいぶん違いますね。
ちゅうか、一番のマヌケはあしゅら男爵だと思います。
ドクターヘルのわりとイカした作戦を一瞬で台無しにしてしまいましたから。
だからイビられるんだと思う。


三博士が、デイモスF3を研究所に案内したと聞いた甲児くん
「くそう、あのキチガイどもめ」
(言いすぎです)
で、あとはテキトーに戦っておしまい。
催眠術にかかってた博士は我に返ってメデタシメデタシ。


こないだ見つけたマジンガーレビューサイトによると、
>鉄の城によると、演出家によって脚本に手が加えられたそうで、この作戦の破綻ぶりもうなずけます。

だそうで、納得いきました。
鉄の城とはなにかと思ったら、コレですね。
うーんちょっとほしい。

なんか脚本家と演出家の関係を文中のドクターヘルとあしゅら男爵に置き換えて読むと。たいへん面白いのですが、
演出の勝間田具治と脚本の高久進のコンビは、映画『マジンガーZ対デビルマン』でわりといい仕事をしてるので、今作は三博士の紹介をメインに据えるという構成上の判断が不幸な方向に働いてしまったと解釈することにしましょう。

2004.12.20 Comment:0 | TrackBack:0
Lilithというサウンドプレイヤーを使ってるのだが、国産のプレイヤーとしては人気があるし、使い勝手もいいので気に入ってる。
winampという世界的な有名プレイヤーと比べていまひとつ人口が少ないようで、
スキン(Lilithではフェイスという)の数も少ないので、公式サイトのフェイス集で探すか、
検索で愛好家がチマチマ作ってるのを見つけてくるしかない。

2chには愛好家たちが、自分らで作ったフェイスを発表して保管してるスレッドがある。
僕も定番のお気に入りフェイスはあるのだが使い勝手に不満があって、
その不満点をこのスレに雑談で書き込んでみたところ、サービス精神旺盛な住民の方が、改造フェイスを作ってくれた。
この改造フェイスは本当に使い心地がよく、いまでもありがたく使わせていただいてる。

その双方向な空気が好きで、以来自分ではスキンを作る技術もないのにそのスレに居ついてる。
けっこう過疎なスレなので、活性化させようと思い、ちょっとしたイタズラ心を起こして、
(まあ荒らし行為に近いんだけど)
自分の考えたくだらないフェイスの画像を何枚か投下してたのだけど、
さっきスレを覗いたら、昨日僕がUPしたイタズラ画像を、誰かが本当に使えるスキンにしてUPしていてくれた。


く・・・くだらない。自分で考えておいてなんだが、くだらなさ炸裂だ。

ボタンを押すと、ジャイアントロボを思わせるような目玉が点灯したり、
下部のイコライザグラフに「世界はひとつ」となにやらそれらしい文字が隠れてたりするロボ魂あふれるアレンジが素晴らしいw

まあjpgの投稿でもよかったのを、Lilithフェイスの仕様であるpngでUPしたのは、そういう色気だした下心もないではなかったんですがw
ここまでやってくれるとは。

しかし、自分の遊び心をこうして受け取ってくれた人がいたのが嬉しくもあり、
僕が10分ほどで描きなぐったインチキ画像を使えるスキンにする徒労が申し訳なくもあり、ありがたく使わせていたただいてる。
かなり実用的には不便かもしれないが、しばらくこのスキンでいきます。
(作ってくれると知ってたら、もう少しディティールにこだわってボタンを描き込んでおけばよかったw)

2004.12.12 Comment:0 | TrackBack:0


この数年、自分が子供の頃にハマっていたものを年代をさかのぼって追いかけている。
マジンガーZは僕が夢中になったものとしては最初のものではないだろうか。
ウルトラマンは当時ウルトラマン消しゴムブームだったので、いまでいうゲームボーイやデュエルマスターズカードのような、友人とのコミュニケの道具としての側面があった。

しかし、当時マジンガーZはまっっったく流行っていなかった。
無理もない。放送からすでにかなりの時が経ち、リアルロボット路線のガンダムの劇場版が大ヒット。
マジンガーZをはじめとするロボットアニメの一群はガンダムと比較対照され、子供だましのプロレスアニメとバカにされていた時代だ。

マジンガーは当時、朝の6時くらいに繰り返し再放送がされてました。僕は早起きしてこれを見るのが楽しみだった。
僕はえらく孤立したマイブームを孤独と感じることもなく、
ただひたすら夢中で見ていたのだ。

鳥山明という一人の天才によって、漫画の一時代が終わろうとしていた時期でもあった。
ドクタースランプのコミックスは僕も買いましたが、これもブームだったからです。
僕が本当に自分の意思でお小遣いを削って購入したのは永井豪の「マジンガーZ」のコミックスだったのです。
復刻版でしたが、手に入れて嬉しかったのを覚えている。
友達には「おかしいんじゃない?」とまでいわれました。

さて、マジンガーZをこのたび、ン十年ぶりに見てみて思ったことは。
第一に「面白い」です。

記憶というのは美化されがちで、特に子供の頃の記憶というのは神聖な彩りに着飾られ、かなりの改変がされているものです。
仮面ライダーやゴレンジャーといった特撮モノを今見ると、唖然とするほどちゃちくて、退屈で、ガッカリすることはないでしょうか。

マジンガーを再見するにあたって、そのへんの覚悟はしていたんですが、
いや、見事に面白いです。
子供の頃にはわからなかった発見すらあり、今の方が面白く見れてるくらいです。

ひょっとすると、東映の特撮部門だけが、子供だましの姿勢でいい加減な仕事をしていたのですかね。
円谷のウルトラシリーズは今見ても視聴に耐えうるものが多いと思いますし。

ビジュアルと脚本の両面で、同じ東映系列制作のマジンガーと仮面ライダーでは雲泥の差があるように思う。

特撮技術と作画という違いはあれど、ビジュアルの点で仮面ライダーは萎えるんですが、マジンガーはいまみると、ドキッとするくらい上手い絵があったり、ハッタリの効いたバツグンのレイアウトがあったりして、観ていて興奮します。

プロレスロボットアニメという批判は、的確でもあり、的外れだとも思います。
むしろ正統派格闘エンターテインメントとしてのプロレスリングのエッセンスを積極的に取り入れたのがマジンガーZだったのだと、今回数話見て思いました。

味方ロボやマジンガーのピンチから大逆転への流れは、まさに八百長と揶揄されることも多いプロレスのお約束の面白さであって、漫画というフィクション大前提のメディアにおいては、これは褒められこそすれ、決して貶められる要因にはならないと思います。

80年代初頭にマジンガーが馬鹿にされたのは、ひとえにガンダムのリアルロボット路線に面食らった当時のアニメファンの劣等感のせいだったのではないでしょうか。

マジンガーの当時としては独創的であった個々の魅力(ヒットした原因はいくつかある)は語りつくされてるので、ここでは省きます。
ただ、技の名称をいちいち叫ぶ演出は、マジンガーZが発明したかのようにいわれている感が強いように思うのですが、数ヶ月早く始まった同じく永井豪原作の東映動画作品『デビルマン』でもみられましたし、ルーツはもう少し古いんじゃないかと思います。

さて今回の、第七話「あしゅら男爵の 大謀略」ですが。
非常に荒んだ話で面白かったです。
なにがすごいって、市民を守るために戦っているマジンガーZや光子力研究所が市民からボロクソにいわれて、暴徒が押し寄せ、弓教授は瀕死の重傷を負い、主人公兜甲児も無責任な市民の感情の捌け口に投石を受けるという悲惨さ。

普段、無造作に破壊されてるビル群の下で何が起きてるのかを明確に描いた演出からも、このエピソードにかける意気込みを感じます。

人間溶けてました。

この話の中ではあしゅら男爵が暴徒を手引きしたように描かれていますが、どうも火種はもとからあったらしく、遅かれ早かれこういう事態にはなっていたのでしょう。

能天気な快活ヒーローに思えた甲児くんの両親のことも、ここで初めて明かされます。というか、今の今までこの設定を僕はよく知りませんでした。

なぜお手伝い(彼女も第一話で殺されてしまいます)のいる家で兄弟二人暮しなのか。
なぜ祖父の兜博士は、愛弟子であり光子力の専門家である弓教授に秘密裏にしてまで、孫にマジンガーを残したのか。
マジンガーは血族の物語だったとみれば読み解けます。

兜甲児の父母は夢の次世代エネルギー「光子力」の研究中に事故で死んでしまいます。
光子力の提案者であった祖父の兜十蔵は、息子から孫へ、自らの生み出した血のように濃い光子力の行く末、そしてその守護神として結実した姿であるマジンガーZを遺したのですね。

こうして人類の未来のために多大な犠牲を払ってきた兜一族の執念がこの話では語られていたように思います。

圧巻は、後半の弟シローのセリフ。
父の弓教授の重症にショックを受け、「本当は光子力研究所がつぶれてしまえばいいと思ってる」と本音を漏らすさやか。
そして、ヤケになって市民を見捨てようとした甲児にシローは詰め寄る。
「今のお兄ちゃんは逃げてるんだよ。ずるいよ。お兄ちゃんはずるいよ!」「僕らのおじいちゃんも。お父さんもお母さんも、みんな光子力に命をかけて死んだんだもん。これじゃ浮かばれないじゃないか!」

彼も兜一族の血をたしかに受け継いでいたのです。

甲児は奮い立って、機械獣を討伐しに行きますが。
この戦いではマジンガーの防御の結果、街が無造作かつ無残にぶっ壊されていきます。
これは明らかに意図した演出だと思います。
市民の怨みつらみを一身に受けても、貫かねばならない正義がある。
犠牲を払ってきた兜一族の末裔だからこその開き直った戦いに、作画こそ稚拙なもののそれを超えた、ある種宗教的なカタルシスすら呼び起こされる戦闘シーンですね。

早い段階でこのエピソードを出したことで、兜甲児のキャラクターにぐっと深みが出たように思います。
乱暴もので人情家というキャラクターで、男の中の男「ボス」も、早くもバイプレイヤーとして魅力をどんどん増しつつあり、マジンガーZがただのプロレスアニメではないことを確信している日々であります。

なお、実験中に死んだ甲児の父兜剣造に関しては、重大な秘密が隠されていて、のちのちへの壮大な伏線が張られています。
ジェットスクランダーやグレートマジンガーのセンセーショナルな登場のさせ方と広報の時期を考えると、もしかしたらマジンガーZ放映開始時にこれはすでに薄々決まっていたことなのではないかと思われるフシもあるので、なんというか、マジンガーを作ったスタッフの構成力恐るべし。

さて、このエピソード。
光子力がなかったとしても、ドクターヘルの世界征服の野望がある限り、マジンガーの敗北は世界の敗北であり、兜甲児が市民を犠牲にまでして貫いた正義には説得力があるのですが、
同時に、正義へのアンチテーゼを暗に描いた場面の方が本当は製作者(脚本はメインライターの藤川桂介)がいいたかったことなのかも。
「光子力」に象徴されていた、人類の進歩、科学の発展は、どんなときでも正しいのか。
犠牲を払ってまで貫かねばならないものなのか。

こういったテーマは1年後の'73年。タツノコプロの放ったハイパー鬱アクションアニメ『新造人間キャシャーン』でも描かれています。
第十四話「キャシャーン無用の街」は有名なエピソードで、キャシャーンは無抵抗平和主義の村長から「あんた迷惑なんだよ」といわれちゃいションボリしてしまいます。
市民は奴隷化して首輪をつけられ犬のように屈従して生きていく場面がリアルに描かれるというハードな内容です。

この話には関わってませんでしたが、キャシャーンには当時流しの絵コンテマンとして慣らしていた富野由悠季(当時は富野喜幸 )が頻繁に参加してます。

1977年、富野由悠季原作のオリジナルデビュー作、『無敵超人ザンボット3』が放送されますが、
このザンボット3。全編に渡って主人公の一族が、市民からのあからさまな差別と憎悪の対象になっているという、キャシャーンを超えた鬱アニメでした。
人類を守るために犠牲を払いながら、侵略者ガイゾックの破壊に疲弊しきった市民の憎悪は、手っ取り早く目に付く主人公ら神ファミリーに向かい、それでも地球を守って神ファミリーは次々に死んでいくという内容。
最終回は、驚愕の皮肉な真相が明かされ、トラウマになりかねない結末が待っているので未見の方は覚悟しといてください。

んで、巨匠富野由悠季にこのインスピレーションを与えたアニメ作品をさかのぼると、マジンガーZにいきつくんじゃないかなと。
実は今回はそういうお話でした。
2004.12.02 Comment:0 | TrackBack:0
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