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原題:Heart of Darkness
監督 ジョン・ルーエリン・モキシー
脚本 A・J・エジソン


(あらすじ)
未成年ポルノで荒稼ぎしてる闇社会の大ボス、コービックスを内偵していた主人公たち。
彼に会うために奔走するが、誰に聞いても仲介人としてでてくるのはアーティーという男の名前。
調べてみると、この大物ヤクザのアーティーは実はFBIのおとり捜査官。
コービックスを逮捕するために潜入捜査中だという。
しかし、FBIはアーティが組織側に寝返ったとみており、タブスもその説を支持する。
ソニーだけが、彼を信じようとするのだが・・・・

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どうせファッショナブルな音楽にのせてスタイリッシュに銃を撃ちまくるアホな刑事ドラマなんだろうなという先入観で、いい加減に見ていたものだから、
(僕の好きな『刑事ナッシュ・ブリッジス』もアホなノリのドラマの部類だと思ってるのでw)
ドラマの重要な情報を頭に入れないで軽く見ていた。
だもんだから、この最後のオチにはっとさせられた。

以下ネタバレあり


ラストでアーティ捜査官が自殺したのは、(否定してたけど)16歳の少女の殺害に実は関わっていたため、罪の意識から首をくくったのだと思ったのだけど。

見終わってしばらくして、寝っころがってるときに、はっと気づいた。
アーティ捜査官は単に少女を殺害したから死んだわけでは、ないんじゃないかと。
いや殺害には関わってたかもしれないけど・・・
そのへんは脚本的にもぼかしてある。

もっと重要な骨子に注目しないで見てたことに気づいた。
気になったのでもう一度ビデオを巻き戻して最初から見てみた。
オチを知ってからもう一度みると、とても繊細な演出をしてるのがわかる。
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構成的には、

アーティ捜査官が寝返ったらしい→敵か、味方か。 →やっぱり味方だった。

という単純なお話に見えたけれど、
よくみると。アーティはかなり悪と正義の間で揺れ動いていたようだ。

敵か味方かわからないときのアーティは、
視聴者に気を持たせてるわけではなく、
実は本人すら、自分がソニーたちの敵なのか味方なのかわからなくなってる状態とみるのが正解かもしれない。

これは香港映画の『インファナル・アフェア』でも扱ってるテーマだけど、
潜入捜査をしていると自分のアイデンティティが分裂して希薄になっていくものらしい。
このアーティ捜査官はその重みで撃沈してしまった人物だったのか。


「潜ってると深いところまでいっちまうことがある」
10年潜入捜査官をやっていた経験から、彼の置かれた立場が自分にはわかるんだと、アーティをかばうソニー。
だけど実際にはクールなタブスの客観的な視点のほうが正しかったようだ。
潜入捜査官の経験がない分、自分にアーティを重ねるソニーより、この件を俯瞰で見れるのかもしれない。
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アーティは悪と正義の二元論の間でゆれていたのではなく、
悪と正義という二つの相反する可能性が同時に存在するという
まるで「シュレディンガーの猫」のような、量子力学のテーマみたいに不可解な状態だったのではないだろうか。

だから、「コービックスを逮捕するのは早い」と主張していたときのアーティは
含みがあって思慮深く行動してたわけではなく、
このセリフには
まだヤクザの世界でいい思いがしたい、という自堕落な欲望からくる言い訳=悪の自分
が表出したもので、

そして同時に同じシーンでの

「逮捕するなら一生刑務所からでてこれないようにしたい」
「奴の手口をお前らは知らないんだ」
というセリフは、アーティの正義の部分がでていて、
この矛盾したセリフがひとつながりになって彼の口からでているところが、
彼の置かれた異常な精神状態を表現しているように思えた。


「奴は自分が何をしてるかわかっちゃいないんだ」
というタブス刑事の見方が、やはり一番正確みたいだ。

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そして、最後の二択で正義の側についたアーティ。
(これはたまたまだったかもしれないのだ。ソニーの呼びかけがなければ撃っていたかも)

ボスは死亡し、
(アーティのマシンガン乱射は過剰防衛=少女殺害の証拠隠滅?)
アーティは、おとり捜査の終了により、FBI捜査官の肩書きに戻ることになる。

少女殺害への関与の可能性もそうだけど、
もうひとつ帰還したアーティの頭上にのしかかった問題は、自分の人生に戻れなくなったという重しだった。

その引き金は少女殺害だったかもしれない。

ラスト近くの最後のセリフで、少女の殺害には関係なかったことは信じてほしいといっているし、少女殺害の第一報を聞いたときは、本当に驚いた顔をして、「むちゃくちゃだ!」と怒りをあらわにしていることから、彼は本当にやっていないとも見れるが、

現場にアーティの車があったというFBIの情報も見逃せない。
そして、少女殺害に関する3時間の調書をとられた直後に、トイレで首をくくったというタイミングを考えると、関わっていたとしても不自然ではないと思う。

その辺りの真相は、脚本家の首根っこでも捕まえないことにはわからないけれど、
ヤクザの世界で金も女も思うままにインモラルな快楽に身を堕としてハデに暮らしてるうちに、地味な刑事の仕事に戻るのが考えられなくなってしまった。
それで自分の本当の人生は終わったと判断した、という解釈も同時に存在するのだろうなやっぱ。

そう考えると、なんだかこのドラマ、あとからずっしりきた。
軽いノリでこう重い話をやられると、してやられた感が強い。
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どちらにしろ、元の人生に戻れなくなった。もしくは戻ることに絶望を感じて死を選んだアーティ捜査官の末路は、シリーズの冒頭に主人公ソニー・クロケットが身をおく潜入捜査官の仕事のハードさを物語るには十分な役割だったといえる。


ここでは、海外放送チャンネルAXA版の話数を参考にしてるけど、 
パイロット版のスペシャルを前・後編にわけて、第一話と二話にしてるので、
この第三話は実質TVシリーズの第一回となるみたい。
それならこの出来も納得。

早くも名作ドラマの片鱗がうかがえます。

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2006.09.03 Comment:2 | TrackBack:0
原題:Brother's Keeper

以前から見たかった『特捜刑事マイアミ・バイス』をテレ東で放送してくれることになった。

今度9月から日本でも公開の劇場版での「マイアミ・バイス」の復活にあわせてでしょうね。
僕がこれを見たかったのは映画とは何の関係もなくて、ソニー役のドン・ジョンソンの主演している『刑事ナッシュ・ブリッジス』のファンだからなのだけど。
(あとデニス・ホッパー監督の、田舎町を舞台にした悪漢映画『ホット・スポット』のドン・ジョンソンもイイ)

『マイアミ・バイス』の数々の噂を聞いていると、
恐らくドン・ジョンソンがプロデューサーを勤めた『刑事ナッシュ・ブリッジス』の原型は『マイアミ・バイス』であり、あの栄光をもう一度と、ドン自身の手により、ロケーションをロスに移して作ったのが『刑事ナッシュ・ブリッジス』ではないかなと想像していたので、それを確かめたかったのだ。

それを抜きにしても、'80年代にアメリカで社会現象にまでなったというこの作品。
放送時になると街に人がいなくなったという、多少胡散臭い伝説もあるくらいのドラマなので、一度はみておきたかった。

ドンの声は隆大介。
ナッシュで野沢那智の演じてるのとはだいぶ違ったけど、これはこれでかっこいいかな。
若い頃のドン・ジョンソンにナッシュの面影がすでにあるので、『刑事ナッシュ・ブリッジス』からドン・ジョンソンに入った自分はまだこの声に慣れない。

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1~2話の前後編は
N・Yから来たタブス刑事の宿敵であるカルデロンが登場して逃げるまでの話。
たぶん、こいつがだいぶ先までからんでくる大ボス。

1~2話はパイロット版として作られたものだそうだが、感想としてはふーんて感じ。
チャカポコいう、いまとなっては安っぽい感のある電子音のリズムに乗ったBGM(メインテーマかな?)をバックに、刑事たちが夜の街を疾走するところなんかは、けっこう心地よいかっこよさがあると思った。


タブスの正体がまだわからないうちからつるみ始めて、不信が次第に信頼に変わっていくのであろう、将来の名コンビの予兆が感じられる点が良かった。

その意味で、ソニーが絶大の信頼を置いていた前相棒が、悪党に情報を売り渡して捜査官を危険に合わせていたという展開は、一見自分勝手で無情に見えるタブス(恐らく今風に言うとこいつはツンデレ)との明暗を別けるかのような対比になっていて面白かった。

バディものの刑事ドラマで、キャラ二人が揃って、そいつらが魅力ある奴なら、そのドラマは半分成功したようなもん。
そしてこれから始まる『マイアミ・バイス』は、すでに伝説の人気刑事ドラマなのだ。

2006.08.29 Comment:2 | TrackBack:1
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